高度な専門スキルや知識を身に着けようとする医師ほど貧乏になる逆説
医師はこれから弁護士と同じように食べていけなくなる、と危機感を煽っている者がいるせいか、金勘定を意識する医師が増えているような印象を受けます。
医は仁術、という言葉が使われていた時代とは隔世の感です。
医師としての本業にフルコミットするにしても、常勤先からの給与とは別にバイトを入れまくって稼ぐのか、フリーランスとしてどこにも所属せずに稼ぐのか、あるいは医師とは別のビジネスで稼ぐのか、株式投資や不動産投資なのか、金持ちへ至る道はセンター試験とは違って一つではありません。
やり方としては様々でなかなか迷うところですが、この記事ではお金について語られているものをピックアップしつつ私の持論についても少し触れていこうかと考えております。
3つの資本
資本というと現金や株式などを思い浮かべがちですが、資本については3種類あると橘玲氏は指摘しております。
幸福の「資本」論―――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」
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金融資産:現金や株式など
人体資本:人が持っている体力や知力、付加価値のあるスキルなど
社会資本:家族や友人、コネなど
彼は充実した人生を送るには3つの資本を大きくすることを意識することを説いており(もっとも3つ全部を手に入れる人はあまりいないようですが)、全てを持たない人を「貧困」と定義づけております。
この記事ではお金がテーマですが、金融資産だけに着目すれば良いわけではありません。
金融資産だけでお金を稼ぐとなると株式の配当益などを受け取ることなどでしょうが、それは既に金融資産を持っている人にしか使えない手であり、資産家の家に生まれたとかじゃない限りはとにかく膨大な種銭を貯めないとお話にならないんですよね。
となると、仕事をしてお金を稼ぐことをしなければならず、自ずと人的資本や社会資本も大きくしていくことも無視はできないでしょう。
医師は人的資本を高めても恩恵があまり得られない
医師のバイトとコンビニバイトを比較すると、場合によっては時給が一桁違うこともあり、3つの資本という理論から考えると、医師の人的資本はコンビニ店員より大きいから差が生じるのだ、ということになるでしょう。
となると、お金を稼ぐ時にただ単に労働時間を増やすのではなく、自らの人的資本を高めて時給を上げるという考えがでてきます。
整形外科@sugimovic(@ysugimoto)先生が、ブログやTwitterでお金に関する情報を積極的に発信されており、橘玲氏の指摘する3つの資本の理論をもとに人的資本の重要性を強調する記事が下のこれです。
>医師としての人的資本(働いて稼ぐ力)というのは、専門医取得後をピークにして、選択するキャリアによって増減するものの、一般には50歳を過ぎる頃から低下しはじめ、定年退職でいったん消滅すると考えるべきでしょう。もちろん、定年退職後も仕事を続けることはできるでしょうが、働ける場所は限定的です。
当然ながら初期研修医終わったばかりの医師ができるバイトは医師免許さえ持ってれば誰でもOKというバイトに限られてしまうため時給が低くなりがちで、高度な専門スキルを持つ医師にしかできないバイトは高給の傾向があります。
となると、若い内はガンガン勉強すればいいという発想が生まれてきますが、この考えが正解かというとそう簡単な話じゃありません。
医師なら誰でも知ってる通り、医局に入らず専門スキルも特に持たないいわゆるドロッポ医の稼ぎはメチャクチャいいんですよね。少なくとも平成までは。
一方、専門スキルを身につけるには、若いうちは高給を諦めなければなりません。
医局に所属していると勤務先やバイトが上層部から指定されるため金銭的に割の良い仕事ばかりできるわけではありませんし、場合によっては無給医として労働に従事させられることもあるでしょう。
医局から距離を置いたとしても高度な専門スキルを身につけられるような病院には「お金はいらないので勉強させてください」と目を輝かせてる若手医師が多くやって来るため給料が低い傾向にあります。
医師としての人的資本を高めるというキャリアプランの難点としては若い頃に稼げないというデメリットがあり、仮に将来の稼ぎが良くなったとしてもペイできないのではないかと疑問に思うわけです。
医学部定員が増えており、政府の意向として今後の医療費を削ってくるでしょうから、医師一人あたりが得られるパイは縮小することが予想されます。
その状況下で、将来専門スキルを売りにして稼ぐというのはリスキーなのではないかと。
累進課税も考慮する必要があり、年収1000万円を30年間続けるのと年収500万円を20年間して年収2000万円を10年間するのとでは額面は同じでも、手取り額では大きな差が生じてきます。この点ではドロッポ医のほうが有利でしょう。
需給バランスの観点からも、誰でもいいくだらない仕事よりやりがいのある仕事のほうが人が集まりがちで、これまで医師の世界では前者のほうが金銭的には割りが良い傾向にありました。
もっとも、医師バイトの相場は日々変動しておりこれから先どうなるかはわかりませんが。
そもそも論を言ってしまえば、高度な専門スキル=金になる、という構図が幻想です。
保険診療の枠組みでやっている限りは、いくら高度なものであっても自分で勝手に値段をつけることができません。
厚労省がお金出しませんと言ってしまえばそれでおしまいなんですよね。
給料とは労働力の再生産
医師の給料に歪みが存在することは先程説明した通りですが、一度ここで給料とは一体何なのか整理しておきましょう。
異論はあるでしょうが、ひとまずはマルクスが資本論で提唱した概念を元に話を進めていきます。
給料とは労働力の再生産です。
資本論の原本にあたるのは骨が折れるでしょうから、気になる人は解説本を読むなり、無料コンテンツならサウザーラジオが優れております。
労働者は働くことでお金を得るわけですが、ずっと働き続けることは不可能です。
食事代や寝床にかかるお金もありますし、風呂にだって入る必要があります。仕事でストレスも溜まるでしょうから憂さ晴らしするお金も必要です。家族を養うのにもお金がかかります。
労働者を雇う側としても病気で倒れられたり過労死なんてことになると困るため、労働者が今日一日働いたとして明日も元気な状態で職場にやって来れるだけのお金は絶対に渡さないといけないわけで、これが労働力の再生産のためのお金ということです。
給料が高いということはそれだけ労働力の再生産にかかるコストが高いことを意味します。
同じ仕事をやっていても8時間労働と12時間労働では、仕事によって生じる疲労やストレスが違うことは容易にわかるでしょう。
長時間労働させるほど疲労回復やストレス解消にお金がかかるので給料が高くなるわけです。
資格についても労働力の再生産で説明することができ、中卒労働者の場合はそれまでの教育コストが少ないのに対して、医師の場合は医学部に入るまでのコストが高いばかりか最低限6年間大学に通って勉強しなければならず、そこに注ぎ込まれたリソースに応じて給料が高くなっていると考えられます。
医師の間であっても、やりがいの乏しい仕事はストレスが溜まりがちなので簡単な仕事でも給料が高く、やりがいのある仕事は精神面を回復させるコストが少ないためハードな仕事でも給料が安くなりがちです。
当直についても、昼間に手術などを勉強させていただくお返しとして若手医師がやっている慣習が未だに残っているため時給が著しく低いわけです。
ここに生じた歪みからやりがい搾取やママ医と周囲の軋轢といった問題が生じている面もありますが、本筋ではないので話を戻します。
看護師にお菓子を渡したり飲み会で奢るのも労働力の再生産に関わっています。もしやらなかったら仕事に支障をきたしますからね。
晴れて専門スキルを手に入れてよっしゃこれからバリバリ稼ぐぞと思っても、そのスキルを得るために注ぎ込んできた分の見返りだったりそのスキルをこれからも維持するためのコストを賄う分のお金を貰ってるに過ぎず、結局の所は頑張っても生活が楽になることはないと。
マルクスの資本論を学校で勉強することはないですし、考えそのものに抵抗感を持つ人もいるでしょうから、この短い説明で腑に落ちない人は多いでしょうが、話を進めたいのでまとめます。もっと深く考えたい人は本を読むなりサウザーラジオを聞いてください。
要するに、医師は一見高給取りでもその分お金が出ていくためリッチになれないですし、それは高度な専門スキルを身に着けようとしても無駄ばかりか逆効果のこともありますよ、ということです。
労働力の再生産が不要な仕事
労働力の再生産について長々と語ってきましたが、給料は一般的に必要となるコストがベースになっており、個人とはまた少し別の話になります。
労働者としての稼ぎのみでリッチになろうとするのなら、一般的には大変でも自分にとってはそこまで苦じゃない仕事を選べばいいわけです。
一般企業では営業職は手当がつくことも多いですが営業は精神的疲労が大きいとされているためで、もし自分が平気なのなら積極的に営業職を選べばいいということになります。
ここで医師の一例を挙げましょう。
>今年の4月から仕事量が減りました。
>記憶に残っている範囲では35歳ぐらいから週休0.75日のペースで働いていましが、やっと週休1.25日になります。(35歳ぐらいまでは年間100日ぐらい当直していました)
>法人収入になるような医療に伴う副業を除く、純粋な勤務医だけの収入(本業+週一バイト)で3千数百万円を貰っていたので我ながら高級奴隷として良く働いていたと思います。
医師としての仕事をガンガン詰め込むというこれまでは最強の方法で金融資産を築き上げたゆるい先生です。
高度な専門スキルを身に着けようと意識高い系に向かわず金になる仕事をガンガンして不動産に突っ込めばリッチになれるというわけですが、これは労働力の再生産にかかるゆるい先生(やってることは全然ゆるくないけど)のコストが低いからなせた業でしょう。
普通なら労働時間を増やしたらその分ストレスも疲労も溜まるため回復に莫大なお金が必要となるはずで、外車や女の子で散財している周りの医師を思い浮かべてみてください。
自分にとって労働力の再生産にかかるコストが低い仕事は何だろうと考えることが富裕層への一歩となるかもしれません。
また、医師のキャリアとは無関係な所から生じた動きですが、生活コストを大幅にカットして余剰資金を投資に回して早期リタイアを目指すFIREムーブメントも注目されるようになりました。
qoltimeandmoney.hatenablog.com
自分自身でビジネスを興す
労働者として働く限りは労働力の再生産にかかるコストぎりぎりの給料しか貰えない運命から逃れられないため自らが経営者側に回るという手もあります。
ゆるい先生みたいに低コストの仕事があればいいですが、人には向き不向きがあるため見つからないかもしれませんし。
自分自身でビジネスを興すことについては、整形外科@sugimovic先生はブログにて医師として働きつつスモールビジネスを持つ両輪を提唱しており、サウザーラジオでは自らの商品を持つことを提唱しております。
成功すれば労働力の再生産にかかる最低限のお金だけじゃなくてプラスアルファが入ってくるため富裕層への道が開けてくるというわけです。
ただ、医師の場合は長時間労働になりがちなので時間をいかに捻出するかが問題となります。
普通にしててもなかなかハードですし、高度な専門スキルを売りにして稼ぐなんてことを考えていたら絶対に無理でしょう。
となると、逆説的ではありますが、少々医師としての給料が下がっても自由な時間を増やすほうが将来的にリッチになるためには良いのではないかという話になります。
>数ヶ月は業務に集中して効率を上げることに注力しますが、慣れてルーティン化すれば、副業に注力することも可能です。それ位に自由度の高い勤務形態を獲得したので、後は自分次第でどうにでもなります。
この道を実践している若手医師がいろはす先生で、これからのロールモデルの一つとなるかもしれません。
既に副業を完成させた医師もいるにはいますが今まさに成し遂げようとしている人は貴重なので。
興味深い点としては、彼のブログ記事でひとまずは仕事をルーチンワーク化するために頑張ると述べている点で、副業を勧めるサウザーラジオでも同様のことが述べられております。
副業やるという話になるとすぐに本業をサボるという発想に至る短絡的思考の人がいるようで、サウザーラジオでもそうじゃねえよと何度も釘が刺されております。
むしろ仕事を早く終わらせるために仕事を頑張り、飲みニケーションも怠らないことが推奨されており、昇進を断るとか追加の仕事を受けないとかそういった意味で頑張らないということです。
医師の世界に例えるなら、医局内の出世を断り高度な専門スキルを身につけるよりも誰もができるとされていることを早く正確に行うことになるでしょうか。
これからの医師の待遇については暗い話ばかり聞こえてきますが、各々自衛していきましょう。