【書評02】勝負論 ウメハラの流儀(梅原大吾)
「僕は勝ちを求めすぎると良くないと思う。勝ちにこだわりすぎるあまり、結果としてかえって勝てなくなってしまう」
勝ちを求めると勝てない、という禅問答のような命題。
この背景には勝つことと勝ち続けることの違いがあります。
10代のころからゲームの世界の最前線で戦ってきて一度はゲームから距離を置くものの再びプロゲーマーとしてゲームの世界へ舞い戻ってきた著者ならではの勝ちに対する哲学が表れております。
重要なのは目先の勝ちを求めるのではなく淡々と成長し続けること。
ゲームの世界では安易な必勝法がある場合もありますがそこに飛びつけば成長の機会を失って長期的に見れば勝利から遠ざかることとなってしまいます。
学校の定期テストと入試でも同じようなことが言え、対策して学校の定期テストで点は取れても本当に実力がついているわけではないため入試本番で苦労するというわけです。
勝った後にも罠が待ち受けます。
勝てば勝つほど自分の名声は高まるわけで、評判を裏切った時の落差が大きくなります。
いつか返済しなければならない評判を利息付きで溜め込むという表現からは彼自身の経験から滲み出た思いが凝縮されております。
負けが立て込むとすぐに外野から「ウメハラは終わった」などと言われてしまい、ついつい目先の小さな勝ちに逃げてしまいがちです。
勉強が得意な子という評判が立ってしまうと、もし何かわからないことがあった時に周りに聞くのが怖くなって知ったかぶりをしてしまいます。
それではダメだというわけです。
そのために、他人ではなく内的な評価を重視しろと著者は説きます。
自分の中でブレない軸があれば、周りから褒められて有頂天になったり逆にけなされて落ち込んだりすることはなく、淡々と努力を続けることができます。
運にも惑わされてはなりません。
勝負事には運の要素もあり、特に実力が伯仲した者同士だと顕著です。
その結果に一喜一憂することなく、運は仕方ないと受け入れる賢明さも大切なことです。
外が晴れていようが嵐だろうが、自分の内面をかき乱さずにやるべきことをやるにはその行為そのものが好きじゃなければなりません。
ゲームをすることが好きじゃなければブレずに努力し続けることはできません。
要領の良い人がいたとしても、最後は不器用だけれども好きでやっている人には敵わないと著者は説きます。
要領の良さでそれなりのレベル止まりというわけです。
努力の具体的な方法論についても本書で語られているものは実に泥臭いものです。
とにかく基礎を重視し、徹底して分解反復を繰り返すこと。
それなりのレベルで良いのなら手先のごまかしでなんとかなっても、突き詰めてしまうとひたすら地道な努力を重ねることがベストという結論です。
著者は納得するまで試行錯誤を重ね、時には無駄な手間はかかったとしてもセオリーに逆らうことも厭わないタイプで、新作ゲームにおいては要領の良いプレイヤーに最初のうちは全然勝てないそうです。
ただ、最後には逆転してトッププレイヤーとなるのがウメハラです。
言うは易く行うは難し、です。
周りの雑音にかき乱されないほど好きなことにコミットしないとトップにはなれないということでしょう。
さて、ここからは本から少し離れて余談です。
仮に泥臭い努力が苦にならないほど好きなことが見つかったとします。
しかし、著者の語る地道な努力を許してくれる領域と許してくれない領域があります。
前者の場合はゲームや音楽、文筆業などが挙げられるでしょう。
他人からいくらバカにされようとこれらの領域はどんどん試行錯誤できます。
ゲームは練習や対戦を重ねればいいわけですし、音楽はYoutubeに上げればいいわけですし、文筆業の場合はどんどんブログ更新すればいいわけです。
許してくれない領域の典型は外科医です。
手術には決まったノウハウがあり生きている人間が相手となる以上、時には定石を破るウメハラ流の試行錯誤は許されません。
決まった方法を忠実に器用にこなすことが重視されます。
手順取りにこなして上級医からコイツは筋が良いぞとなれば次々と症例のチャンスがありますが、一度不器用とレッテルを貼られてしまうとチャンスが来なくなり、両者の差はどんどん開いていき取り返しがつかなくなります。
他の病院に移ってもその運命からは逃れられず、○年目ならこれくらいはできるだろうというハードルをこえなければチャンスはやってきません。
コモディティ化した手術の機会はやってくるでしょうが、最先端のものをやりたがる外科医は掃いて捨てるほどいるためあなたにその機会はやってきません。
スタートダッシュでこけたらそこからの挽回はほぼ不可能です。
ウメハラ流ではスタートダッシュでこけることは成功するよりも多くのことを学べるのでむしろ推奨されているのとは対照的です。
結論を言うと、自分が成功したいと思っている領域が既にわかっているとして、要領の良さと泥臭い試行錯誤のどちらが重要なのかを見極めなければなりません。
既にスタートダッシュに失敗したり、これからスタートを迎える場合でも要領の良さに自信がない人は勝負する領域を間違えると悲惨なことになります。悲しい事実ですがいくら努力してもそこそこレベルで止まるのは明らかです。
スタートダッシュが重要な領域はいっそのこと諦めて、試行錯誤が重要な領域にシフトするのも手かもしれません。
本当に好きなことにコミットし続ければ、いつしか要領の良い人をこえられるわけですから。